真紅の絆

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【真紅の絆】20

第4章 紅い瞳(2)


 思い出すだけで、怒りが湧き上がる。


「お前、この間の体育でま〜た倒れたんだってぇ?」

「…」

 昼休み、明らかに悪質な笑みを浮かべ話しかけられた。
 飲みながら、目で『何だ?』と返す。
 言葉を交わす気など、初めからない。
 それは焔樹も同じだったらしく、顔を上げていながら、食べる手を止めず。
 態度としては、お互い様だ。

「いや〜、マジで血が弱いのかよ。ガセかと思ってたけどよ、騒ぎはマジっぽかったしな」

「……それが、テメェに何の関係があるんだよ?」

「留学生はカンケーねーだろ。俺は、羽野に言ってんだよ。お前、アレか?」

「…キサマ」

 テメェから、キサマに変わる。
 徐々に湧き上がる感情は、既に抑えるべき一点を超えてしまっていた。
 血が、沸騰して行く。

「なあなあ、今ここで血ィ見せたら、倒れるのか?」

 興味本位で聞いてくる。
 いや、興味本位で試そうとしていた。
 人は、そういう誘惑には屈してしまう生き物。
 大人のように見える人でも、心はまだ未熟で。
 抑えることが出来ないのは子供だから。
 そう、魔王が言っていたのを思い出す。
 三千も生きている存在から見れば、感覚的にはそうなるだろう。
 今、確かにそうだと思った。

「……キサマ、これ以上俺の家族を侮辱するな」

「ラディス、いいよ。言っても分からない人が居るだけだから」

「何だぁ? それって俺がバカだって言ってんのか?」

「…自覚ある分、脳ミソはあるようだな」

「留学生よぉ、ケンカ売ってんのか?」

「火の粉を払い落としただけだ。売ったのはキサマだ」

 こんな喧嘩は買わず、また売りもしない。
 手も足も出さないが、言葉に出し惜しみはしなかった。
 言葉は時に、凶器になる。
 凶器にしようとしていた。
 それは人も魔の者も、同じだ。
 言葉を操る者は全て。

「あーあ。マジ、ムカつくぜ。ムカついて、無性に血が見たくなったってーの」

 そう言って、ポケットからカッターナイフを取り出す。
 刃を出して脅す訳ではない。
 自分の指に合わせ、引く。
 何故、人は自分自身を傷つけたがるのか。
 一瞬のうち、疑問が優先した。

「っ! 焔樹!!」

 はっ、と気づき振り返る。
 時は既に遅かった。

 怒りが、頂点を超えて。
 逆に、冷え切った己が居た。

「……久しぶりだな」

 世界が、紅く見えるのは。


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【真紅の絆】19

第4章 紅い瞳(1)


「また、ですか?」

「呆れるなら、アイツらを何とかしろ」

「指導はしていますが、守る守らないは、本人の意識次第ですから」

「……役に立たん教師だ」

「人を教えるのは、難しいことです」

 暗黙のルールは、善良なる心によって守られている。
 ただ、人の世にも悪が存在していて。
 ルールは破るためにあると、バカをやる奴らが居た。
 傷つけるのは、この手の人だ。
 同じ人間でも、時々、本当に人なのかと疑ってしまうほど。
 魔の者に、近く感じた。

「それで、羽野くんは?」

「保健室に、寝かせている」

 無理矢理に。
 そうしなければ、衝動が起きてしまう。
 今回ばかりは、避けて通れない。
 悪ふざけが、行き過ぎている。

「…それで、キミは怒った訳だ。加減なしに」

「加減など、必要あったか?」

「分かりました。分かりましたから、私にまで殺気を向けないで下さい」

 言われ、何故だとその顔を見る。
 高原教師は、『おや』と不思議そうな表情で返した。
 今はもう、怒りは収まりつつある。
 それほど殺気も、湧き上がってはいない。

「気づいていませんか? 目が、血走ってます」

「……そーゆーことか」

 傍から見れば、興奮しすぎていると思われるだろう。
 それは好都合だ。
 この瞳は、感情を表す。
 特に怒りは、反映しやすい。
 キレると、紅い瞳になる。
 血走った赤ではなく、真紅。
 客観的にはそんなイメージだ、と魔王は言っていた。
 元々、一族は紅い瞳をしている。
 突然変異で違う色が出る時があるが、それは奇跡に近いほど稀と言われていた。
 ならば通常時の、この瞳の色は何か。
 それも、永遠に分からないだろう。
 純血種は、ただ一人だけになってしまったのだから。

「キミは羽野くんのことになると、本当に見境と加減がつかないと言いますか」

「…そんなの、知るか」

 感情が制御出来ない。
 そんなことが本当にあるのだと、知る。
 十年前のことだった。
 三千もの時を生きていながら、初めて知る己の感情。
 その『初めて』という感覚は、既に枯れ果てたか、忘れたかと思っていた。

「どうやら暫くは、キミの気持ちは収まりそうにないようですね」

 やれやれと、白々しく言う。
 分かっていながら、落ち着けとは決して言わない。
 いつでも、その時の気持ちを優先させている。
 導く者の、広い視野と心で。
 高原教師は苦手だ。
 嫌いではないが、苦手意識を持ってしまう。
 ないモノを持っているからではなく、その姿に。
 ただ、焔樹が尊敬する気持ちは、少し理解できた。
 ほんの、僅か。
 一ミリ程度だが。

「さて、と。今回は何がありましたか?」

「……今更それを聞くか?」


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【真紅の絆】18

第3章 苦悩する者(6)


 ニンニク。
 十字架。
 杭を打ち込む。
 人の世界に言い伝わっている弱点は、半分正解で、半分間違っている。
 十字架と杭は純銀製で、尚且つ、聖水で清められた物でなければ効果はない。
 ただその辺にある物では、倒せない。
 ニンニクと言うのは、血に混じっている場合のみ、効果が出る。
 つまりは、それだけ食べていなければ意味がないと。

「俺は魔だからな。純銀も聖水も触れられない。だが、それ以外にも弱点はある」

「それ以外にも、ですか? 初めてお聞きします」

「だろうな。お前も、初めて聞くだろう?」

 そして、これは吸血種の間でだけ通用する弱点。
 知っているのは恐らく、純血種だけだろう。

「って!」

「ラディス様?」

 隠していたナイフで指を切り、血を流す。
 自ら血を流すことは、あまり好きじゃない。
 エサはここにあると、余計な争いの種を蒔いているからだ。
 だが、一瞬ならば問題はない。

「これが、俺たちの弱点だ!」

 ナイフを突き刺す。
 この程度の刺し傷ならば、致命傷にもならない。
 純銀でも、聖水で清められてもいない。
 何が弱点か。

「っが……あっ! ぐあぁぁっ!」

「な、何が…」

 何が起こったのか。
 そう問いたいユアリースに、答える。
 簡単に言うと、細胞組織の崩壊。
 流れる血液が、燃え出した。

「吸血種は、人の血を吸う。だが、決して同族からは吸わない」

「何故、ですか?」

「毒、だからだよ。特に、純血種の血は猛毒だ」

 人で言うならば、拒絶反応だ。
 異なる血液を輸血された人間に起きるそれが、吸血種同士でも起きる。
 血は反発し合い、身体を蝕む。
 もしも飲んだ方の血が弱かったら。
 訪れるのは崩壊だ。
 要は、強ければいいだけなのだが。
 問題は、その血がどれほど『純血種に近いか』だ。
 近ければ近いほど、他の血を毒し、壊しやすい。
 この血は、純血種。
 猛毒だった。

「毒だが、エサだ。奴らは、この血を欲する」

「私には普通の血のように見受けられます」

「…ああ。お前はこの血を浴びているからな」

「それはもしかしまして、私の怪我を治したお力のことでしょうか?」

「…・…魔王は止めたがな」

 更なる苦悩を与えてしまったが。
 ユアリースを助けたことは価値のあることだと、お互い納得済みだ。
 一つ、条件をつけて。
 もしもこの血を見た時、衝動または狂いが生じたら…。
 迷わずに。
 だが、きっと魔王はまた苦悩するだろう。

 信頼している者を、その手にかけることを。

 魔王は苦悩し続ける。
 過去を。
 そして未来を。



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【真紅の絆】17

第3章 苦悩する者(5)


 深夜を回っても、その空間だけは異質だった。
 眠らない街という呼び名の通り、眠りはまだ先。
 人はここに、夢を求めてやってくるらしい。
 一夜の夢を、金で買う形で。
 ターゲットは、女性の山の中。

「では、私が呼び出して参ります」

 オーナーに催眠をかけて、呼んでいると呼び出す。
 始めは渋るだろう。
 そこで、『新店舗のオーナーに推薦したいから、その相談』と言う。
 奴は乗ってくるはずだ。
 更なる、餌場を得るために。
 貪欲に生きているのは、人に限らず。

「おい、オーナーはどこだ?」

 案の定、やって来た。
 これほど分かりやすいのも珍しい。

「オーナーは来ない。用があるのは俺たちだ」

「は? 新人が何の用だよ?」

「ホストとしてではない。同じ魔の者として、お前に勧告、または排除に来た」

「っ! 魔王の手の者か?!」

「正確には違うがな」

 それまで『俺様』という態度だったのが、一変する。
 魔の者が勧告に来た。
 イコール、魔王の配下の者。
 更に、実力があるということだった。
 ある程度の存在ならば、恐れる存在。
 恐れないのは、恐れを知らない愚か者か、身の程知らずか。

「偉大なる魔王陛下より、アナタへ二つの選択肢が与えられました」

「一、魔の世界の端っこで人生をやめたくなるほど反省するか。二、とっとと消される。選べ」

「あの…流石の魔王様もそこまで仰っては」

 ない、だろう。
 それでも、今の魔王ならばこれくらいは言うはずだ。
 様々な感情を込めて。

「お、俺は人間の女どもに、夢をやってるんだ。その代償を得て何が悪い?!」

「その得た代償で、死人が出ている。人の輪廻転生に影響していると、天の者が判断した」

「ってことは、魔王が天の者に頭下げてるって本当だったのかよ?! だ〜、笑えるぜ」

 奴が生きて笑っていられる。
 ここに魔王本人が居なかったことが、唯一の救いだ。
 もし居たのなら、一瞬で消されていただろう。
 そうして消えていった奴を、何人も見ている。
 身の程知らずと、誰かが言っていた。

「……こんな奴が、魔王様を苦しめているのですね」

「しかも、絶えることがない」

 幻滅し。
 そして嘆く。
 これが、現実。
 目の前が、その証。

「だから、与えた選択肢は無意味だ。コイツには一つしか選ばせない」

 二、とっとと消される。
 たとえ、小さな芽だとしても摘む。

「俺は血を吸い、力を得たんだよ。配下だって言うお前らと違い、まもなく百だ」

 魔の者は種族によって、配下を得るタイプと必要としないタイプがある。
 配下が居るのは、吸血種や夢魔種。
 必要としないのは、屍食人のように仲間を増やしていく種だ。
 特殊なのは、ここに居る二人。
 ユアリースは、魔王に仕えているため必要ない。
 奴は吸血種。
 あと数年もしない内に、十倍に増えると言う。
 そして、百年内には更に十倍に。
 それは理想論だった。

「配下って言っても、吸血し、ただの器になっただけの人形に何が出来るんだ?」

「な、何故それをっ?!」

「知ってるかって? 魔の世界で、俺に知らないことはないさ」

 三千と三百、三十三年も生きているのだから。
 吸血種の弱点も、知り尽くしていた。


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【真紅の絆】16

第3章 苦悩する者(4)


 風が吹き、灰が舞い上がる。
 空へ昇っても、天へは行けず。
 ただ、ただ、闇の底へ堕ちてくだけだ。
 不浄が起こした、罪。
 人の命を奪うほど、それは重く、苦しくなる。
 胸のうちで呟く。
 あの世で後悔するんだな、と。
 マトモな思考回路がない奴らにとって、途方もなく無意味なことだろう。
 それでも、思わずには居られなかった。
 何故か。

「ラディス様。魔王様よりご伝言を承りました」

「……聞きたくない気がするのは、このタイミングだからか?」

「問答無用で聞かせるようにと、仰っておりますが?」

「……………何だ?」

「魔王様は『天の世界、ぶっ潰す』と」

「……つまりは、ムカつく仕事が出来たんだな」

 普段は白々しい態度で、あの表情で『崩壊させてやる』という感じで言うのだが。
 これほど過激に、感情を出しているとなると、相当だ。
 仕事内容か、奴らの態度か、あるいは両方か。
 答えは三番目、両方だ。
 
「はい。このまま私を連れ、とあるホストクラブへ潜入しろとのことです」

「なあ……ホストクラブって、男が運営しているんだよな?」

「そのように聞き及んでおります」

「客になれ…………女装しろってか?」

「ラディス様が望まれましたら、そのようにと」

「………………魔術を使ってホストになるか」

 とあるホストクラブに、魔の者が入り込んでいる。
 そのこと事態は、別に放っておいても差し支えない。
 ナンバー1になるほど、仕事熱心…と言えるか分からないが、働いているからである。
 問題は、その裏で行っている行為だ。
 この世界では、女性からの指名が左右してくる。
 その指名を得るために、奴は裏工作を行っていた。
 指名した女性から、次々と血を吸っているのだ。
 一回一回、命に関わらない程度、快感になるように催眠をかけて。
 魔の者を指名する女性は、その行為を目的とし。
 リピーターになった何人かが、命を落とした。
 一種の、中毒症状だ。
 そして、天の者が判断を下した。
 入り込んだ魔の者は『不浄』と。
 潜入し、早急に狩ることが、今回の仕事内容だった。

「魔王様はご立腹でした。種族が違うとは言え、魔の者が行っているこの行為は恥ですから」

「いや、アイツが怒っているのはそっちじゃなくてだ」

 答えは、もしかしたら二番だ。
 恐らく、嫌味を濃厚に、ネチネチと言われたに違いない。
 天の者は魔の者と違い、新たに誕生する数は少ないが長命だ。
 長命な分、年をくっていて、自らの力量を棚に上げ、批判をする。
 人の世で言えば、年長者のお小言になるだろう。

「…今夜は、終わりそうもないな」

 夜も、永遠も。


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【真紅の絆】15

第3章 苦悩する者(3)


『魔王様』

 突然、声がする。
 ユラリと、雑居ビルの影が動く。
 魔の世界から、魔の者が渡ってきたのだ。

「ユアリース、何かあったのか?」

「はい。天の使者が、謁見を求めております」

「階級は?」

「上位族です」

「…ちっ。分かった、すぐ戻る。代わりにここの後始末、任せる」

「御意」

 入れ替わりに、魔王が魔の世界へ帰る。
 更に舌打ちをしたのは、聞かなかったことにしておこう。
 代わりに残ることになったユアリースは、魔王が信頼を置く側近。
 魔の世界での出来事を、地上に伝え来るのも彼の役目だった。
 どちらかと言えば亜空間に属し、人の欲望を叶え、代価を得る種族と聞いている。
 こうして魔の空間や人の世に出てくるのは、余程の物好きのすることらしい。

「今は、ラディス様でしたね。どうぞ、ご指示を」

「…いや、あのだな…俺はその立場にないぞ?」

「いいえ。このユアリース、忠誠は魔王様とラディス様に」

 目を伏せ、胸に手を当て、誓いを口にする。
 魔王の側近に就いてから四百年余り。
 変わらぬ態度。

「何故だ?」

「ただの悪魔でした私を、価値のある存在と、そのお力で救って下さいました。それが全てです」

「……あの時からか」

 思い出す。
 魔の者が争うのは、昔から変わらぬ日常。
 魔王は悩んでいた。
 終わらぬ闘争に、毎日。
 そんな時、狂った集団が発生したと知らせが飛び込んできた。
 向かった先に居たのが、ユアリースを含む亜空間に属する者で。
 唯一の生き残りも、彼だけになった。
 何故、狂ったのか。
 これは、今も原因が分からない。
 魔の世界に、何かが起こっている。
 今、この瞬間も。
 だから魔王は、苦悩する。
 誰にも告げず、一人で抱え込んでいた。

「今日まで生きて、魔王様のお側で働けるこの喜びは、ラディス様がお与え頂いた至福に御座います」

「ユア、その気持ちは十分に受け取った。だから残りの全ては、魔王にやれ」

 そう言うと、拍子抜けしたような表情を向けられた。
 予想もしていなかった台詞だったから、だろうか。

「驚きました。今、ラディス様が仰いました言葉は、以前に魔王様も仰っておられました」

「何で、アイツが…」

「私にも、よく分かりません。ただ、ラディス様は『いつ居なくなるか分からないからな』とだけ」

「……そーゆーことか」

 いつ居なくなるか分からない。
 それは今日か、それとも明日か。
 分からないから、いつ居なくなってもいいように、後悔しないだけ伝えろと言うことだった。
 後悔しないだけ伝えるには、どのくらいの年月が必要なのか。
 きっと、物事全てにおいて、『後悔しない』と言えることはないだろう。
 必ず、何かに後悔している。
 それが、この世界に生きる全てに共通すること。
 これが、永遠に続く苦悩の一つ。

 永遠を終えても、その先で後悔するのだろうな。



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